スイテイ/プリズマ


    (1)

 さあ、行こう。
 ぼくらは自転車で知らない町を走る。
 天気がよくて、すごく暑いけど、ぼくらにとってはちっとも苦痛じゃない。
 ぼくらがみんなで自転車に乗って目指しているのは噂のあの屋敷だ。
 小学校で仲良くなったみんなと目指すのは肝試しをする場所の下見だ。
 誰も住んでいない町外れの屋敷はとても大きくて、古くて、蔦だらけらしい。
 誰が言い出したか忘れたけど、みんなでそんな場所があるならいってみようと夏休み前から決めていた。
 僕らは隣町を超えて、校区のさらに向こうまで冒険をはじめた。
 ほら、見えてきた。
 真昼なのにそこだけ薄気味悪くて暗い屋敷は僕らにとって絶好の遊び場に見えた。
 僕らは自転車をとめてこっそりと屋敷に入る。
 生い茂る草木を掻き分けて袖とか破けたりしたけどそこを抜ければあの屋敷があった。
 まるで絵本で見た城のようだった。
 太陽の光が窓ガラスに反射して眩しい。

「―――」

 誰かが何かをいったと思う。
 日差しが眩しくて思わず僕は目を閉じる。
 それから―――

    (2)

 月が、揺れていた。
 水底から見上げた空は私の一番好きな世界だ。
 静かな夜。
 聞こえるのは機械みたいに変化のない私の心臓の音、そして水中での水の流れ特有の低く、どこまでも広がる唸るような音。
 煌く星が万華鏡みたいに水中を照らしている。
 目を閉じる。
 体の力も抜く。
 浮力は殺したまま、私は水底に体を預ける。
 冷たい水は心地よく、無重力みたいな感覚は私の輪郭を暈していく。
 何も見えない世界で私は自分の体がどこまでも広がっていくように思えた。
 指先を動かしてみる。
 いつもと感覚が違う。
 自分の体が曖昧に思える。
 溜め込んだ最後の空気をそっと吐き出して私はゆっくりと目を開ける。
 そこには変わらず月が浮かんでいる。
 まだ―――まだ沈んでいられる。
 吐き出した空気が水面で弾けた。
 肺の空気がなくても苦しくない。
 澄んだ思考が私を支配していく。
 水との一体感で全てを忘れてく。
 この水の世界の全てが私なのだ。
 私にとって心地のよい世界。
 左手を揺らして波を立てる。
 月が、揺れた。
 こつん、と底に何かが落ちた音が響いた。
 また、月が揺れる。
 体の筋肉をゆっくりと動かし浮力を得る。
 自然と体が起き上がり、水面から私は顔を出す。
 立ち上がればそこは見慣れたプール。
 何かが投げ込まれた方向を見ればそこにはクラスメイトの戸川かずほが立っていた。
 片手で石を弄んでいる。あれを投げ入れたようだ。
「不良娘、そんなことしていたなんて初めて知ったよ」
 夜のプールに初めて聞く彼女の快活な声が響き渡った。
 意外な人物の登場に私は口篭ってしまう。
「そんなにも潜っているから死体だと思ったよ」
 彼女は続けてそんなことをいってきた。
 死体という言葉にかちんと来て怒鳴り返す。
「そっちこそ、夜の学校になんで来てるのよ」
 悔しいから言い返してやろうなんて考えて声を張り上げたのに、上擦って迫力に欠けた、と思う。
「そいつはお互い様だよ、芹沢恵美子さん」
 お互いに苦笑するしかなかった。

 私は、小学生から女学生になれば何か変わるものだと思っていた。
 小学校高学年のクラスメイトの話題はいつもくだらない恋愛沙汰ばかりだった。
 新しい学校、新しいクラスの仲間が小学校と変わらずそんなことばかり話していることに幻滅した。
 みんな小学校5年生くらいから誰が好きだとか格好イイだとかそんな話を吹っかけてくるし、男子はどこかよそよそしくなってイヤラシイ目で私たちを見ていたようになった。
 中学になるとそんなことがなくなると考えていた。
 だけど、もっと酷くなった。
 私はというと、小学校からの知り合いが中心のグループには入ったけれどその手の話題となるといつも閉口していた。
 変に茶化されることもあったけど彼女たちも私がまだその手の話題に疎いことと思ったのか、私にはあまり話さなくなった。
 私自身はというと、実は初恋というものをしたことがない。
 恋愛の話ばかりしている同級生を見てどこか馬鹿らしいと思っている。
 毎日毎日よくも飽きもせず同じ話題ばかり繰り返せるものだと思える。芸能人がどうとかいう話も彼女たちの男子に対する視線と大差のないようなことに感じていた。
 もっともそんなことを口に出したらどうなるかは簡単に想像できるから一切口外しなかった。
 正直にいうと私は幼いころのように男女の差がない状態がずっとつづくことを望んでいたのだ。
 その反骨心からそんな風に考えたのかもしれない。
 そんな私にとっての救いは水だった。
 生活でいらいらとした得体の知れない何かに耐え切れなくなったときは水に潜る。
 以前までは家の風呂に溜め込んだ水に潜っているだけだった。
 私はこっそりと夜のプールに入ることもある。
 無断で夜の学校のプールに入るのはもちろん禁止されている。
 だけどしてはいけないことをこっそりとやる緊張感で胸は躍るし、水に入ればそこは誰もいない世界。私はストレスを感じることなく穏やかな気持ちになれる。
 そんな世界を壊したのはクラスメイトの戸川かずほだった。
 彼女―――戸川かずほはクラスのあらゆるグループに所属していない。
 その理由は彼女の容姿にある。
 クラスメイトの女子より大人びた姿、静かな物腰、低いトーンでの喋り、洗練された肉体に成績優秀、非の打ち所のない美人である。
 珍魚落雁羞月閉口を体現しているような美少女であった。
 だが、その全てをぶち壊しにしているのが彼女の眼帯である。
 左目にかけられた無骨な眼帯はより近づきがたいイメージを持っていた。
 クラスの調子者の男子が入学当初、彼女の後ろから眼帯を思い切って外した。
 本来、目玉があるべき場所には黒く醜い穴がぽっかりと空いていた。
 煩かった教室からその瞬間、音が消えた。
 男子は謝ることも忘れ、呆然と立っていた。
 彼女は空っぽの目を見開いて彼から眼帯を黙って奪った。
 その衝撃が初夏となった今も続いて戸川かずほはクラスで孤立していた。

 私はプールサイドまで泳いで戸川さんに近づく。
 彼女は教室では見せないような不適な笑みで私を待っていた。
 彼女が手を差し出したので甘えてその手を掴み、私はプールから上がった。
「これで共犯者だ。夜の学校に忍び込んだのはお互いの秘密」
 彼女はにんまりと笑って右目だけでウィンクした。
 確かに私も夜の学校のプールに入れなくなるのは痛い。
 だけど、あまり話したことのないこのクラスメイトとの秘密はプール以上に魅力的に思えた。
「ええ、秘密です。じゃあ、一緒に帰りますか」
 私から誘いをかける。
 彼女は笑顔で答えた。

 振り返ると校舎の時計の針が夜の十二時を指していた。
 初夏とはいえ、さすがに冷えたように思う。
 肌寒さで少し震える。
「どうしてあんなところにいたのか、なんて聞くのは野暮だよ、芹沢恵美子さん。秘密のほうが面白いと思わないかい」
 どこか昔の人みたいに大仰に彼女は喋る。普段の清楚なイメージとずれているのに、それが妙にしっくりとはまっていた。
「そうね、秘密のほうが楽しいね」
 いろいろと考えてしまう。たとえ、お互いに大した理由でもないのに夜の学校にいたという事実だけが想像力を斯き立てて刺激的だった。
 だから、私たちはあえて今日の夜には関係のない話をする。
 それこそ普通の学生みたいに。
 先生や授業、学校のこと。くだらない恋愛話より、彼女の抑揚の効いた喋り方、私とはかなりずれている視点で語る話は面白かった。
「つまり、私は現在の学校教育を軍隊の練習場的な要素が未だに残っていると思うのだよ。戦争がとうに終わっていて平和であるにも関わらず軍隊でもない教育機関でみなが同じ戒律を守って教育を受け、活動をする。それだけならまだしも給食なんて皆で同じものを食ってそれこそ軍みたいにトレイに皿を載せ、大量にまとめて作られたものを配分する。軍事シミュレーションなんて考えることもできる。あるいは災害時の食事なんてものにもにているかもしれない」
「でもそれは似ているだけで現実で軍隊というわけでもないんだよね」
「そうだよ、あえて類似している理由を考えてみると面白いと思うんだ、私は。ひょっとしたら災害の訓練といったほうが戦争放棄したわが国に適しているかもしれないね」
「一番夢も希望もない答えってたぶん、教育委員会が戦前からまったく手をつけずに誰も変に思うことなく惰性でそのまま続いたって事なんてどうかしら。だって私、学校以外であんな食事見たことないわよ」
 私の答えににんまり、彼女は笑う。
「うん、それが一番正しいと思う。戦前教育なんてまんま、軍隊式だからそれが今も続いている」
 彼女の話はとても面白い。
 私はクラスで孤立している彼女がどんな人間か、このクラスでただ一人知っているのだ。
 それがまるで二人の秘め事みたいで胸が躍った。

 翌日、教室の扉を開ける。
 相変わらず戸川かずほは教室で一人。
 私は朝のおきまりの挨拶だけはしてみるけど彼女は昨日の夜とは別人みたいに鉄面皮で黙ったままだ。
 私は思わずそれ以上声をかけるのを躊躇するが一瞬だけ彼女の顔が綻んだのを見逃さなかった。
 彼女も、きっと私と同じで秘密にしたいのだ。
 クラスメイトたちとは違う世界を彼女と共有していることが誇らしく思えた。
 このクラスで畏怖と尊敬のまなざしを浴びる彼女の真の姿を知っているのは私だけだ。
 そう考えると妙に胸が躍る。
 楽しそうな顔をしてるわね、と小学校時代からの友人が声をかけるがなんでもない、と答える。
「ははあ、とうとう初恋でもしたのかね、この恋愛初心者」
 友人にそういわれた途端、どきっとした。
 でも恋愛、じゃないと思う。
 そもそも私と彼女の関係はまだ、始まったばかりなのだから。

 私たちは夜の学校だけの友達。
 互いに約束したわけじゃない。
 私も毎日プールにいるわけじゃない。
 彼女もいつも学校にいるわけじゃない。
 一人の夜はとても不安で寂しいけれど戸川さんがいればそんなものは消し飛ぶ。
 夏休みが近づいてきた七月の中旬。
 初めての期末試験も終わって私はテスト最終日の今日、またプールに潜っている。
 あの時と同じ満月。
 気づけば、初めて戸川さんと話をしてから一ヶ月が過ぎていた。
 今日は、彼女がいる。
 そんな予感を放課後からずっと持っている。
 だから私は前と同じように、ずっと沈んだまま、彼女を待っている。
 最初戸川さんと会話したとき、彼女は私がまるで死体みたいだった、と言った。
 外から見たらそうかもしれない。
 私は長い時間水に潜っていても不思議と大丈夫なのだ。
 潜水、というよりは長い間水中にいても苦ではない、というだけなんだけど。
 小学校のとき、あまりにも長い時間潜っていて先生が私を無理やり引きずり出してからは一人のときしか潜らないようにしていた。
「まるで人魚のようだね」
 戸川さんは不気味がることもなく自然とそう答えた。
 夜の帰り道にそんなことを彼女に言われて私は照れてしまった。
 人魚なんていう神話的な生き物と自分を同列に扱うのは厚かましく思えたのも理由のひとつだが、彼女が私に対して興味を持ったことが嬉しくて恥ずかしかったのかもしれない。
 水中だけど思わず笑う。
 かすかに空気が漏れる。
 とうに肺はからっぽのはずだからその泡が妙におかしく思えた。
 きっとどこかに隠れていたのだろう。
 水面を見上げる。
 今日の月はいつもと違って見える。
 まるでシャボン玉のような虹彩を放っている。
 虹色の卵。
 そんな言葉が思い浮かんだ。
 途端、いつもの挨拶。
 水面が揺れて卵の形が壊れた。
 ゆっくりと体を起こす。
 空には普通の満月。
 プールサイドには戸川さんがしゃがんで私を見つめていた。
 真っ暗な夜で月明かりしかないというのに、彼女の白い肌は闇に浮かんで見えた。
「こんばんは」
 彼女はプールの水を触っている。
 そこから何かを取り出したようだ。
 あ、と声を上げる。
 彼女の手には数センチの大きさのガラス球がある。
 ビー玉というには大きすぎて、ボールというには頼りないそれは水中から見上げた今日の月と同じ、虹色をしていた。
 さっきまで見ていた虹色の卵が彼女の手の中にある。
 そんな妄想が頭に出来上がる。
 私はプールサイドまで泳ぐ。
「その、ガラス球、何?」
「さて、なんでしょう、見てごらん」
 まだプールに浸かったままの私の前で彼女が右手を開く。
 その手の真ん中には彼女の手のひらまで透けて見える虹色のガラス球。
 夜闇にぼうっと浮かぶ彼女の白い手が球体の放つ虹彩を際だたさせていた。
 綺麗、という言葉をいおうとして、私の喉は凍りついた。
 その玉が震える。
 瞬きをして、目を見開いてもそれは震えている。
 亀裂が入ってそこからまるでダンゴ虫のように開く。
 見知らぬ深海の生命を思わせるそれは小ささに見合わない幾つもの節足と海老のような触覚、つぶらな眼球を持って私を見つめた。
 だけど、怖くはなかった。
「これは、プリズ魔。私のペットのひとつ」
 彼女が左手の指先で頭をとん、と叩くと丸まって元の形に戻る。
 そのまま左手で眼帯を外し、右手で左目の場所にプリズ魔と呼んだそれを押し込んだ。
 彼女が瞬きをして空っぽだった目で私を見た。
「これが私の本当の目」
 彼女の瞳孔は虹色をしていた。
「びっくりしちゃったかな」
 驚いたことは驚いた。だけど、
「綺麗だね、その目」
「こっちが驚いたよ、ふつうはこんなの見ると不気味だっていって逃げ出すのが定石だよ。やっぱり芹沢さんは変わっている」
 人に、変わっているといわれたのは初めてかもしれない。
 普通だったはずの私の人生は彼女の所為で変わっていく。

 その日の帰り道、彼女はいつもと違う話をしてきた。
 彼女の顔を見るたびに、綺麗な瞳にドキッとしてしまう。
「ねえ、芹沢さん。私たちって本当に同じものを見ていると思うかい」
「それはどういう意味でいってるの」
「たとえばさ、虫の目から見た世界は白黒だって言われている。天然色の世界を見ている動物ってすごく少ないんだって」
「へえ、じゃあ、私の飼っている犬から見ると白黒写真みたいな世界で私が写っていたりするんだ」
「そうらしいよ。私たちは犬じゃないからそんなのわからないけどね」
 そう考えると不思議なものだ。いままで見ていた私たちの景色は他の生き物から見たらぜんぜん違うものなのだ。ならば、世界が白黒に見える生き物にとって私が綺麗だと思う青空も、水の中から見る月の輝きもまったく違うものになるということだ。
「さてそこで私は思うのです。果たして私が青いと思っているものはほかの人にとって青いものなのでしょうか」
「それはつまり私が見ている色と戸川さんが見ている色が違うかもしれないということかな」
「まさにそのとおり」
 たしかにそれは興味がある。
 たとえ、私が青だと昔から思っていた色をみんなが青だという。
 だけどそれはみんなが青だというから青いのだ。私は最初から青という色を知っているわけではない。青というものはそこにあってもそれの名前を決めたのは他の人、教えてくれたのも他の人。青が正しい青だなんていいきれない。私から見た世界の色が世界中の人にとって青ではないのだ。私から見て青から見えるものが赤に見える人がいるかもしれない。それでも問題はないのだ。その色はその人にとっては青なのだ。他の人が教えてくれて、みんなが青だといっている色は青のはずだから。私たちのしっている世界の色は私たち以外が名前を決めているのだから私と私以外の人の見ている色が一緒だなんていいきれない。
「うん、考えてみたけど私たちは見ている世界が違うかもね」
 とくに、たとえ義眼であっても戸川さんの虹色の目は私と違う世界を彼女に映し出しているように思える。
 義眼だから見えるはずはないのに、あの不思議なプリズ魔の所為でそんな風に考えてしまう。
 彼女の顔を見る。
 悪戯になれた少年みたいな顔で私を見つめていた。
「この眼から見える景色、気になったのかな」
 私の考えが見透かされているようで恥ずかしくなった。
 ああ、絶対に顔赤くなっている。顔を中心に体が火照ってくる。余計に恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、今日は出血奉仕」
 そういうやいなや、彼女は左目に人差し指を突っ込む。
 ゆっくりと引き出した指先には涙みたいな液がついている。
 だけどそれは月が反射して石鹸水みたいな虹色をしていた。
 そのまま親指と人差し指をこすり合わせて輪を作る。
「ほら、ここから覗いてごらん。たぶん、これがいまの私の見ている世界」
 レンズのように半透明な膜を私に近づける。
 私は右目を閉じて彼女と同じ左目からその世界を覗く。
「あ」
 思わず声を上げる。
 そこは別世界だった。
 私のいつもの帰り道のすべてが半透明の茫洋とした虹色の色彩で覆われた世界。
 まるでステンドグラスで形作られた街で空の星々がいつも異常に強烈に輝いている。
 だけど、それよりもっと驚いたのは何かが飛んでいるのだ。
 虫でもなく、鳥でもないそれらはさきほど彼女が見せてくれたプリズ魔に似たもの。
 幾つも幾つも走り回っている。だけどちっとも怖くない。それらは楽しげで、それでいて私たちには無関心だ。
 町の大通りが人でごった返したときに私が一人で歩いているときのようなものだ。
 この生き物たちはそれぞれに目的があって動いている。
 鮮やかな色彩を持つこのもうひとつの見慣れた景色の中で見慣れない生き物たちは私たちのそばで楽しく生活をしていたのだ。
 さらに覗こうとすると、世界が弾けてあっという間に真っ暗になった。
「どうだった」
 周りを見回す。
 いつもの夜の道。
 戸川さんの指に絡みついた粘液の表面張力が限界だったみたいだ。
「うん、すごく不思議で綺麗な景色だった」
 戸川さんは複雑な顔をして左目から プリズ魔を取り出した。
「また意外な感想だな」
 彼女は眼帯をしながら私に話しかけた。
「あの世界はね、私が小さいころから左目だけで見ていた世界なの。綺麗だけど誰もわかってくれない。右目は普通だと思える世界を映し出しているからよかったけど左目はみんなと食い違っていた」
 彼女の真剣な独白に、私は何もいえない。
「だって、左目の世界は私になにもしてくれないから。右目の世界の人たちは私と似たような姿をしているし、私を心配してくれるし、親が見える世界だった。だけど左目の世界には、誰もいなかった」
 その先を、聞くのが、怖い。

「―――だから、潰した」

 嗚呼、勿体無い、と私は思った。
 あの世界と普通の世界、両方が見えていたら、普通の世界の汚さに耐え切れなくなったら、あの綺麗な世界に行くだろう。私なら、きっとそうする。
「それでもあの世界は完全には消えない。あれは私の頭から抜け出さない。だから、共存することにした。それがあのプリズ魔」
「その世界だと私の姿が戸川さんには見えなくなるんだね」
「うん」
「よかった。戸川さんが普通の目を持っているから私たちって出会えたんだね」
 綺麗な景色で興奮したせいか私の口からはどんどん言葉があふれ出してくる。
「うん。今日のあなた、いつも以上に恥ずかしいことをいうのね」
 戸川さんの頬が少しだけ赤く染まった。
 少しだけ女の子らしい彼女の顔を見て私は可愛いなんて思ってしまう。
「この目はね、義眼で、蟲みたいに見えるけど本当は私のお爺様が作った機巧なの。シトロネラアシッド、ペギミンH、ハニーゼリオン、Kミニオード、そしてヘリプロン結晶Gという素材で作られたんだって。私にも詳しいことはわからないんだけどね」
 聞いたこともない名前が彼女の口からすらすらと出てくる。
「ああ、そうだ。いってなかったわね。私、いまお爺様と二人で暮らしているの。私の家はこの先のあの時代錯誤な小さいお屋敷」
 お屋敷、といわれて私は思い出した。小学校のとき、まだやんちゃだった幼馴染の男の子たちと一緒にお化け屋敷だとか騒いでこっそり入ったあの西洋風建築の家のことだ。
「いま、お化け屋敷だとか思ったでしょ」
 本当に彼女は私の心を読んでいるみたいだ。
「ええ、まあ」
「今度の日曜日、私の家に遊びに来たらどう。芹沢さんならいろいろと楽しめると思うわ」
「ええ、是非」
 彼女の提案に、私は即座に反応した。
「では、今晩はここまで。今度の日曜日の深夜零時に」
 夜、家を抜け出しても親にばれることはない。
 深夜徘徊なんて何度もしているし、今もしているけど、こんなにどきどきする誘いに乗らないわけにはいかない。
「ええ、今度の零時に」
 私たちはそこで別れた。


    (3)

 青空が遠く感じる。
 目の前の大きな影が空を遠ざけていたからだ。
 それは大人の影。僕らはそこで大人に見つかった。
 黒い服を着たその人は優しい笑顔で話しかけてきたからこっちもすぐに打ち解けた。
 だけど僕たちは知らなかった。悪魔というのはいつも優しい姿をしているということに。
 ―――君たちが欲しい物はなんだい? 玩具とかじゃなく、絶対に手に入らないものだけだよ。
 絶対に手に入らないものだから僕たちは荒唐無稽なことばかりいう。
 空が飛びたいとか変身ヒーローになりたいとかみんな思うままにいう。
 おじさんは僕らの願い事を一通り聞いてから笑顔で信じられないことをいった。
 ―――叶えてあげよう。その願い。
 冗談で云った子もいた。本気で云った子もいた。
 でもおじさんの言葉は夏を忘れさせるほど肌寒く思えた。
 僕らはこの日、生まれて初めて叶えられない願いが叶うことを知る。

    (4)

 ―――ここはすべてのバランスが崩れた恐るべき場所。
 これから私の体は私の枠を離れてこの不思議な世界を見つめていくのです。
 

 戸川かずほは木製の椅子で足を組みながら目の前の人物を睨みつけていた。
 学校から帰った姿のまま、じっと長テーブルの先にいる蝙蝠と狒狒を混ぜ合わせたよな流木が如し枯れた老人はしかし、孫に仇のように見つめられたままでも爛々と目を輝かせ、手前のワインを軽やかに飲み干す。
 老人の細長い手は飲み干したグラスを弄り回しながら、それに反射する孫を見ながら喋りだす。
「よいではないか。その少女、芹沢恵美子だったか。私は一向に構わないぞ」
 甲高い老人の声で蝋燭の炎が揺れる。
「孫娘の頼みだ。断る理由もない」
 かずほを、決して視界に入れることなく、老人はワイングラスを猿のように放り投げる。
 割れる音は、ない。
 老人は折れ曲がった背骨をまっすぐ伸ばすことなく立ち上がる。
 老人の細長い手足は蜘蛛のようだった。
「さて、彼女が来たようだが、迎えに行けばよかろう」
 残った人間の目で戸川かずほは老人を捕らえながら、部屋を出て行く。
「私は―――」
 口を、開く。
「―――あなたが大嫌いだ」
 明確な敵意を老人に向けて戸川かずほは部屋を出て行った。

 街の外れにある明治、大正時代に外国人が生活していた屋敷をそのまま買い取って住まいとしている野長瀬邸の正門に戸川恵美子は立っていた。
 彼女の脳裏にはかつて悪戯でこの屋敷に入った記憶が蘇っていた。
 そういえばあのときの少年たちはどうなったんだろう、といまさらながら考える。
 ほんの六年ほど前―――小学校に入ったころのことだが、彼女の人生にとってそれは半分近く前のことだからずいぶんと昔に思えた。
 眼帯をした戸川かずほが玄関から軽やかに歩いてきて古い造りの洒落た正門を開ける。
「やあ、こんばんは」
 いつもと変わらない調子で戸川かずほは芹沢恵美子に告げる。
「こんばんは、戸川さん」
 今晩の芹沢恵美子は涙を流していた。

 かずほの部屋に案内された芹沢恵美子は涙を拭っていつものように話し始める。
「なぜ私は涙を流していたのか私にもわからないの」
 かずほはあえて電灯をつけることなく、洋燈に火を点す。
「それは不思議だね。きっとそれはこの場所がアンバランスだからなんだと思うよ」
「アンバランス?」
 かずほに促され、天蓋付の彼女のベッドの上に恵美子は腰掛ける。
 対してかずほは勉強机のチェアに座りながら話を続ける。
「そう、ここはこの町で一番アンバランスな場所。周りはどう見ても日本の住宅地なのにここだけ変に浮いた洋館屋敷。加えて、この場所は妙に窪んだ盆地みたいな場所に立てられている。フリーエア異常、だったかしら。この土地はこの町で一番重力が歪んでいる場所として選ばれて館が建てられたそうよ。そのおかげでこの屋敷、すこし歪だわ」
 そういわれれば、と、恵美子は部屋を見回す。どこかしらパースが狂ったような歪みが部屋全体にある。自分たちがまっすぐしていること事態に違和感を覚える、そんな空間だった。
「なんのためにそんな場所に立てられたのかしら」
「錬金術、なんて話があるけど私は詳しいことは知らないわ。祖父がこの屋敷を買い取った理由は単に面白そうだったから、なんていうから笑えるわね」
 ゆらり、と洋燈の炎が揺れる。
 思えば、かずほは今晩一度も笑っていないことにいまさら恵美子は気づいた。
「そういえば戸川さんのおじいさんはいま、どちらに」
「老人というのは総じて早寝早起きなものよ、もう既に眠っているわ」
 恵美子は胸をなでおろした。
「なら、騒がなければ別に問題はないわけね」
「二人でどう騒ぐ、っていうのよ」
 かずほは椅子からそっと立ち上がり、恵美子に近づいていく。
「何?」
 恵美子の質問に答えることなく、その顔に自分の顔を近づける。
「ごめん、目を閉じて」
 何のことかわからず、思いっきり恵美子は目を閉じる。
 恵美子の唇に柔らかい感触が触れる。
 そっとかずほは右手で恵美子の鼻を押さえつける。
 そしてゆっくりとベッドの上に倒れこむ。
 二人の体は密着し、抵抗も出来ないまま恵美子は押し倒される。
 二人の影が、炎で揺らぐ。
 そのまま、しばらく動かない。
 ぷすっと間抜けた音が漏れる。
 空気が肌を裂いて、入り込んでいく。
 恵美子の首筋に赤い裂け目が左右にそれぞれ三つずつ並び、魚のエラのような動きで微かに開いては、閉じる。
 その首をそっと左手でかずほは押さえる。
 そして唇をそっと離す。
 恵美子はごほごほ、と咽ながら喉を押さえている。
 そして、首筋のぬるりとした感触を自分で確かめた。
「……何、これ」
「それが、あなたの秘密。あなたが失った何かの代わりに得たもの」
 エラが震えている事実を恵美子は受け入れられず混乱したままかずほを見つめる。
「あなたは六年前、大切なものを失って、その器官を得た」
 ゆっくりとエラは皮膚に隠れ、傍目には判らなくなっていく。
「私を恨んでくれてもいい。あなたをそんな体にしたのは私の祖父」
「どういう、こと」
 過呼吸気味に咽ながら恵美子はかずほを見つめて声を絞り出す。
「それはね、あなたがここで生まれたからよ」
 それでも恵美子にはわからない。

「不思議、だとは思わなかったのかしら。
 誰よりも長く水中に潜っていられること。
 そしてあなたはいままで生きていて誰一人として好きになった人間がいなかったこと」
 
 それをいわれて、いまさらながら芹沢恵美子は自分が水中に長くいることが出きる才能、そして、人間を好きになるという感情を理解できなかったことを認めてしまう。
「あなたの心と体を変えたのは祖父です。
 人は人より優れたものを作るとき、人としての機能の一部を削除する。
 自分がその生物より優れた点を残して安心するために。
 人間は人間を超える性能を持つ生物の存在を許さない。
 それは祖父も例外ではなかった。
 祖父はあなたに水中で生きることの出来る体を与えた。
 その代償として人を愛することが出来なくなってしまった。
 私は謝ることしか出来ない。
 錬金術師の犯した罪は錬金術師が償わなければいけない。
 いまさらこんなことを教えたのはあなたがこのことを知らずに生きていることが契約違反だったから。
 半ば強要された改造をされたのにあなたは知らなかった。
 だから私はあなたに選択肢を与えます。
 あなたが望むならば、そのままにしておきます。
 もし人を好きになりたいのなら、ムルチと呼ばれる喉の器官を切除して人に戻します。
 さあ、どうしますか」

 闇の中から白い手が広がり、そっと恵美子の頬を撫で上げる。

「戸川―――さん」
 恵美子はその答えを出した。

    (5)

 テレビで見た悪の科学者が人間を改造して怪人を作り出す。
 そしてそれと戦うのは同じように改造された怪人でありながら人の心を持った正義の味方である。
 僕はまちがいなく正義の味方になった。
 改造手術を受けてもまったく前と心が変わらなかったからだ。
 僕もそうだったし、僕の友達もそうだった。
「―――」
 僕は何かをその科学者に言おうとした。
 だけど何を言おうとしたのかわからない。
 なんだろう、とても大切なことだったはず。
 僕はいつも誰にでも言っているはずの言葉がわからない。
「さあ、君たちの願いは叶えられた。家に帰るがよい」
 そういわれるなり僕たちはちりぢりにばらばらに家に帰る。
 どうして僕たちはあの家にいったのだろう。

 あの老人ともう一度会うために僕は一人でこっそりと隣町に足を伸ばした。
 だけどあの日以来あの家が見つからなかった。
 僕はあきらめず何度も探した。
 見つかることはなく、あの改造手術は夢だったんだと思う。
 そうだ、あれはきっと僕の願望が見せた夢だったんだろう。
 だって僕はもう子供じゃないのだから。

    (6)

 祖父に改造された人間には共通点がある。
 一つ、新しく付け加えられた人以上の機能の代わりに人の機能を欠如されていること。
 一つ、それを判断し、人前でその機能を表すことはない。
 一つ、それは主に夜に発現する。

 私は祖父が大嫌いだ。
 祖父は人より優れている。
 私の夢を幾つも叶えてくれた。
 祖父の手から生み出されていくものに目を輝かせていた。
 それがどんなに恐ろしいことなのか私にはちっともわからなかった。
 そして私は六年前に始めて祖父が人間を改造する瞬間を見た。
 そして知った。私に父と母がいない理由は目の前にあるこの現実だということに。
 私は自分が人間であるという証明のためにエーテル世界が見える左目を破壊し、人間ではなくなった人々を人間に戻すという仕事を始めた。
 そう、私が人間であるという証明のために、私は創造主の罪を消し、私の出来る全てを尽くすと決めたのだ。
 そして私は三人目の少女を見つけた。
 最初は特異体質だと思っていた。
 ただ、人より長い間水に浸かることのできる人間だと思っていた。
 私は始めての人間の友人が出来ると思い、生まれてきたことを感謝した。
 しかし彼女はプリズ魔を溶かした水の中で調べた結果、改造人間であった。
 私は、私自身の覚悟を決めなければならない。
 生まれて初めて出来た自分と同じヒトデナシの友人に真実を告げ、彼女に未来を選択させるという覚悟を。
 でもそれは祖父の、あの男に対しての建前だ。
 私にとっての真の覚悟は、初めての友人を失うという覚悟だ。
 いま、その瞬間が来たのだ。

「人として生きるか、好きという感情を削られた改造人間として生きるのか、答えて―――お願い」
 私は彼女の顔を見ることが出来なかった。
 私は彼女の答えを待つ。

「私は―――」

   (7)

 結局のところ、私、芹沢恵美子にとって戻ってきたはずの「好き」という感情は未知のものである。
 いままで知らなかったのものなのだからそれがなんなのか実感すらわいていないというのがいまの私だ。 
 ついこのまえまでの自分と何が違うのかよくわからない。
 明瞭な実感もなく私は手術を受けてから何も変わっていない、と思う。
 私の首に巻かれた包帯の下に傷跡はない。
 それでもずきり、と痛む。
 この包帯が取れたときが戸川さんとの絆が無くなるような気がした。
 学校に戸川さんは来ていない。
 私は、鏡の前でゆっくりと包帯を外していく。
 そこに鰓も傷跡もない。
 いまさら、彼女がいないことに寂しさを感じた。
 これが好きという感情だったのかもしれない。
 私は実感できないだけで、彼女のことを好きだったということを思い出して、泣いた。

 それからさらに一週間後の夜。
 私は水に潜れなくなってしまった。
 いつものように沈んでもすぐに苦しくなってくる。
 調子が悪いのだと思い、何度も挑戦してみるけど駄目だった。
 まるで水に嫌われたみたいで私は仕方なく夜のプールで浮かぶだけだ。
 沈めないことが不思議だ。
 私は月を見上げながら考える。
 不思議と最近はいらいらしたことがなくてただ単に習慣としてプールに来ているだけに思える。
 いらいらしていたのは自分の心が分からなかったからだろう。
 今の私は今までと違って自分の心が、分かる。
 何が好きで何が嫌いか。
 その所為だろうか。最近まで当たり前のようだったこと全部がすごく昔のことに思える。
 ひょっとしたらもう夜のプールに忍び込むことはないかもしれない、と考える。
 水の中だとなんでも自分の思うままに自由な心で入れたのに、水でも地上でも大差がなくなってきた。
 一人でいるのが耐えられなくなったのかもしれない。
 前は一人でも耐えられた。
 私は人間になって、弱くなったのかもしれない。
 ―――寒い。
 プールから上がり、服を着替えて一人で家に帰る。
 戸川さんはいない。
 あの日以来、夜に出会わなくなった。
 私が毎日学校に来ているわけではないし、彼女も同じだ。
 何度も出会うこと自体が稀であるはずなのに、私は彼女がいないことに不安な気持ちになる。
 もしかしたら彼女は私に飽きたのか。
 それとも私を治したからもう逢わなくなったのか。
 一人の夜の道が寂しく、暗く、怖くなってしまった。
 私は思わず早足になる。早く家に帰りたくなる。
 夜の闇全部が自分に襲い掛かってきそうで胸が苦しくなる。
 月明かりも電灯もない。
 気づけば家の前だ。いつものように塀を登って自分の部屋に入る。
 すぐに明かりをつける。
 明るい部屋に安堵する。
 少し前の自分とぜんぜん違う。
 だけど、いまとなってはその少し前の自分が一番違うのだ。
 私は明かりを消すこともなく布団に潜り込んだ。

 終業式も終わり、夏休みになった。
 私は夏休みになっても相変わらずこっそりとプールに入っている。
 それでも、夜が怖くなって、前みたいに長い時間はいっていることはない。
 今日の日課を終えてプールから上がる。
 お盆を過ぎて肌寒くなってきた。
 ふと正面を見ると眼帯をした戸川さんが立っている。
 なんだか妙に懐かしい。
「おひさしぶり」
「ええ」
 私は彼女に嫌われているんじゃないかという疑念を振り払いつつ、声をかける。
「今日は、夜の散歩、大丈夫」
「勿論」
 私たちはいつかのようにまた歩き出す。
 戸川さんが以前よりどことなく物腰が柔らかくなった気がする。
「戸川さん、最近変わったことでも会ったの」
「あなたほどじゃないわ、芹沢さん」
 そのとおりだ。
 私は自分が変わったと思うのに何が変わったのかわかっていない。
「ねえ、戸川さん、私、何が変わったんだろう」
 少しだけ、戸川さんは困った顔をした。
「さあ、きっと心じゃないかしら」
 すごくそれは正解だと思う。だけど、
「意地悪なんだね、戸川さん」
「ええ、私はあまり優しい人間じゃないんですよ」
 彼女は私に向かってあっかんべえをした。
 眼帯は外してある。
 その下にはあのプリズ魔が張り付いている。
 半透明な目を大きく見開いて、彼女は笑顔で舌を出している。
「なんてね。変わらないことなんてつまらないじゃない。私もあなたもこれからどんどん変わっていく。だから私は明日からこれをつけていくよ」
 彼女の手には普通の義眼が転がっている。
 躊躇なく目からプリズ魔を取り出し、彼女は普通の黒目の義眼を躊躇なく入れる。
「私、戸川恵美子は二学期からは普通の学生として中学生活をしたいと思います。よろしくお願いします、親友一号芹沢さん」
 いままでみたこともない同年代のクラスメイトよりずっと明るい笑顔で彼女はハキハキと叫ぶ。
 そのギャップがあまりにも酷くて私は笑う。釣られて彼女も笑い始める。
 二学期になってから戸川さんは普通のクラスメイトとして徐々に馴染んでいった。
 眼帯も外して明るい表情で学校生活を送っている。
 彼女はもう眼帯をしていない。
 学期末になれば彼女が義眼だということもみんな忘れているように接している。
 私たちはもう夜に出会うことはなくなった。
 二人でただの中学生として生活している。
 夜のプールの感覚も遠い。
 だけど、彼女はたまに私と一緒にいるときはこっそりとプリズ魔をつけている。
 私も彼女の不思議な世界を見せてもらう。
 クラスメイトの誰も知らない二人の秘密。
 私たちはお互いに変わった。だけど秘密の関係だけは変わらない。
 彼女の左目は存在しない。
 そういうことになっている。





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