1/とある月曜日の出来事
 運が悪かった、としか言い様がない出来事だった。
 俺−香坂 匠−はたまたま、忘れ物をしたので部室に戻り、勢い良く扉を開けただけだ。
 まさか、人がいて、着替えの真っ最中だと誰も思わなかっただろう。
 …時が止まる、とはまさにこの事を言うのだろう。
 扉を開けたままの状態で固まっているし、見られた側−木元 卓美−も手に着替えのスパッツを持ったまま、半裸の格好で硬直している。
 こころなしか卓美の顔は徐々に赤く染まり、今にも顔から火が噴きそうなくらい真っ赤になっって…

「…き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 …可愛らしい悲鳴とともに、近くにあったカバンが飛び俺の顔面に当たる音がしたと同時に、俺の意識は途絶えた。


 木元 卓美。
 俺の近所に住む、俺と同い年のついでに同じ誕生日に生まれた女。
 俗に言う、幼馴染み、腐れ縁というやつである。
 顔は…まぁ、悪くはない。
 ひっこむところはひっこんでいるややスレンダーな体型。
 それだけなら異性にモテて同性に嫌われるのがオチであるが、こいつの場合、何故か同性にもそこそこ人気がある。
 実際、何人かのクラスメート(男女問わず、これ重要)が卓美に告白するために、俺に頼みにきたこともある。
 理由は多分、こいつのドジッ子ぶりだろう。
 本人は隠しているつもりだろうが、周りからすればバレバレであり、しかもこいつのドジっぷりは半端ない。
 よく物を落とす、何でもないところで転ぶといったことをするは当たり前。
 弁当の箸を忘れる、体操服の上だけ忘れる、マークシートの回答を1つずつずらして回答する、自転車の鍵を刺しっぱなしでどこかに行ってしまう…
 ちなみに、こいつの名付け親でありこいつの母親である人も、こいつ同様にドジを振舞っている。
 顔も似ているし、確実に卓美は母親の遺伝子を優秀に受け継いでいると断言できる。
 つか、それで納得してしまう俺もどうかと思うが。
 そしてこいつのフォローに全て俺が入る。
 それが俺の運命かと思うと泣けてくる。

 …どれくらい経ったのだろう。
 西日で赤く染まっていた教室も、日が落ちたのか暗くなっていていた。
 そして、その教室の真ん中で、俺は卓美に膝枕をされている。
 …なぜ?
「あ、やっと気がついた〜」
 若干涙声の卓美。涙を堪えて、必至にこぼさないようにしている。
 一体どうなっているのかと思い、目で部室の可能な限りを見渡してみる。
 どうやら俺が倒れているのは入り口近くらしい。
 暗くて分かりづらいが、机やイスが倒れていて、黒板消しやチョークも床に落ちている。
 また、周辺に卓美のカバンとその中身らしい、教科書と辞書、あと小物類が散乱している。
「…あー、何かすごいことになっているみたいだけど、俺生きてるの?」
 その一言をきっかけに、
「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁん!」
 卓美が泣きはじめた、俺を膝枕したまま。
「ごめんなざーーーーーーーーーーーいぃぃぃっぃ!」
 涙と鼻水が容赦なく真下の俺に垂れてくる。うわ、汚ねぇ!
 片手で必至に避けながら、俺はもう片手でポケットに入れていたハンカチを取り出し、卓美に差し出す。
 卓美はハンカチを取って、涙と垂れてる鼻水をふき取って、そのまま鼻をかむ。
 鼻をかんだハンカチを返そうとするので、そのまま持たせて泣き止むまで待つことにする。
 不意に、自分の鼻のあたりで妙に水っぽい感触があるので、ふと手を鼻に持っていき、確認してみる。
 …鼻血が出ていた。何年も鼻血を出したことなかったので、分からなかった。
 最後に鼻血を出したのはいつだろう…しばらく考えてみて思い出した。
 一昨年のバレンタイン、卓美からもらったピーナッツチョコの食いすぎで出して以来の鼻血だ。
 とてつもないアホな理由で鼻血を出していたことを思い出し、忘れようとして卓美の顔を見ている。
 そのとき、卓美も俺の顔を覗き込もうとしていて、互いに目を合わせ、見詰め合う形となった。
 …そういえば、あんまり卓美の顔をしっかりと見たことなかったな、と頭の片隅で冷静に考える俺。
 だが、身体の方はそれとは真逆で、緊張して余分なところに力が入ってしまう。
 どれくらい見詰め合っていただろう…不意に、ぐぅ〜と俺と卓美の腹から、同時に音が鳴る。
 一気に緊張の糸が切れる。
「…そろそろ、帰るか?」
「…うん…」
 俺は卓美の足から頭をどけ、立ち上がる。フラフラするが、何とか足を踏ん張ってまっすぐ立ち上がる。
 鼻血はもう止まったみたいなので、出ていた分を指でふき取る。
 忘れ物を回収した後、散らばっている卓美の荷物をまとめ、卓美に近づく。
「ほら、帰るぞ?」
 声をかけるが、卓美は泣きそうな顔で
「…足、しびれた…」
 とのたまいやがった。
 …はぁ、まったく…

 卓美を背負い、カバンを持ちながら、ゆっくりと帰り道を歩く。
「らくちんらくちん♪」
 背中で上機嫌な卓美、反対にげんなりな俺。
 忘れものを取りに来ただけなのに、カバンを投げられ気絶して、荷物(卓美)を運ばなければならなくなったとは…本当に運がない。
 深いため息をつくと、背中から一言。
「ため息つくと幸せが逃げるよ?」
 もう充分、幸せは逃げてると言いたい。


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