2/とある火曜日の憂鬱

 あぁ、またかという諦めの言葉しか浮かんでこなかった。
「香坂くん、頼んだよ」
「…はぁ…了解しました、先生」
 という会話のやり取りを養護教諭(保健室の先生)と交わし、先生は保健室を立ち去った。
 そして、左の奥にある備え付けのベットに向かう。
 仕切りが張られているので、それをどけると…
「う〜ん…」
 若干苦しそうな顔をして眠っている、卓美の寝顔があった。

 事の発端は、さきほどの時間が体育だったことに始まる。
 この学校は、体操服というものは存在せず、各々運動に適した服装を着て体育を行うという方針である。
 ちなみに、今季節は夏。
 暑い中、本来ならプールで体育の授業が開かれるはずであった。
 しかし今日はあいにくの雨、しかも豪雨。
 そんな中、プールをやっていては風邪をひいてしまうということで今日の体育の授業は体育館の中で行われることになった。
 今回の体育の内容は「球技」。
 要は球技であったら、何をしようと勝手である。
 なんつーアバウトな教師だ、ヤル気あるのか?いや、ないほうがいいんだけどさ。
 各人、思い思いのグループを組んでバレーボール、バスケットボール、卓球、セパタクロー、カバディ…
「いや、後ろ二つはおかしいだろ」
「は? 何か変な電波を受信しました?」
 思わず口に出してしまったところを、武智−たけち−に失礼な言葉を返された。
 一撃、頭を殴って黙らせた後、隅っこの方に行って武智と将棋を打つ。
 ちなみに、先生も了承済み。というか、きっちり話し合いをつけてOKを出させた。
「ほら、将棋の駒に"玉"ってあるじゃないですか? これって"タマ"を使っているから、球技に入りますよね?」
 体育教師半泣き、その姿を見て快感を覚えた俺はまさに外道。
 いつものように、騒がしい体育風景をBGMに、武智との1局を始める。
「ぶーぶー、レディの頭を殴るなんて紳士の風上にもおけませんわー」
「黙れ、ブチネコ。ふざけた事をぬかすと、狛犬に言いつけるぞ」
 武智の本名は武智 音子−たけち おとこ−、正真正銘小学生ボディの女である。
 狛犬とは犬塚 狛彦−いぬづか こまひこ−というこいつの彼氏のことである。
 小型ネコと大型犬…バランス悪いのに、世の中はわからんことが多い。
「とてつもなく失礼な発言をされたような気がしますが、気のせいですか?」
「気のせいだと思うから、いい加減殺意を含めた視線で俺を見るな爪を研ぐな、だからお前はネコなんだよ」
 蝶引掻かれた、あとで狛犬に言いつけてやる!

 順調に相手の駒を取り陣地に攻め込んでいるので少し辺りを見渡してみる。
 と、近くで卓美と数人のグループがバスケットボールをしていた。
 3on3を行っており、次は卓美からスタートされるみたいだ。
 正直、バスケはルールすら知らないのでやる気は全く起きないのだが…
 卓美の格好は、まさに運動を行うための服装だった。
 薄手の白いTシャツに、下は黒のスパッツ、白色の靴下に某スポーツメーカーものの運動靴。
 髪は後ろで一本に束ねてポニーテールにしているので、うなじも見える。
 なんというか、神様俺にこんな幼馴染みを与えてくれてありがとうと叫びたくなる格好だ。
 まぁ、無神論者だけど。
「こらーショーちゃん、次あなたの番ですよー」
 ブチネコが何か叫んでいるがそんなもん却下だ。俺のツボ、ポニーテールの女の子のうなじを逃してしまうと俺の中で負けたことになってしまう。
 必死に脳内のデータベースに保管、いつでも取り出せるようにショートカット作成。
 その時間、わずか2秒。世界記録を狙える早さである。
「…ふぅ…いやはや、思わぬ収穫があったものだ」
「いい加減早くせんかー!」
 ブチネコが切れて、将棋盤を☆〇徹のごとく勢い良くひっくり返す。
 飛び散る駒、舞う将棋盤、そして…重力に従い、将棋盤は落下。
「うきゃっ…!」
 卓美の頭に。
 そのまま、卓美は倒れ俺はいつものようにため息をついた後、卓美を保健室に運ぶ準備を行った。
 そして、冒頭に至る。

 たぶん、今ごろ武智は体育教師にこってり絞られ…
「いやー、今日も虚乳ちゃん(体育教師)で遊んだ遊んだ」
 武智が保健室に入ってきた。
 駄目だ、体育教師弱すぎ。
「…音子、いい加減にしとけ」
 後ろから低音の渋い声が響く、と同時に武智の身体が宙に浮く。
 武智の相方、狛犬こと犬塚 狛彦の登場である。
「香坂、迷惑をかけた」
「応、引き取ってくれてありがとうよ」
 互いに一度頷きあうと、犬塚はブチネコを抱えたまま保健室を後にする。
 これで、この部屋に残る人間は俺と卓美の2人だけになった。
 様子を見るためにカーテンを開けて卓美の顔を覗き込む。
 瞬間、目をぱっちりと開けた卓美と見詰め合う格好になる。
「ーーーーーーーーーッ!!」
 声にならない声とともに下からの強烈なストレートが的確に俺のアゴに命中し、崩れ落ちる。

 養護教諭が食事を終わらせ、帰ってきたときには気絶する俺の襟元を掴んで何度も揺らす泣き顔の卓美が発見されたという。


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